2016年04月のブログ
雨音がBGM
晴れのような、雨模様。
こんな日は、
大通り沿いじゃなく、一本くらいは中にはいりこんだ場所に建つ
白い外壁のヴィンテージマンションの
オフィスにしているかなんかの一室で、こぽこぽと珈琲を淹れてもらい
かたくてひんやりする木の椅子か、ぐっと身が沈むソファに腰掛けて
たまにあくびなんかもでてしまいながら
おしゃべりはあんまりしないで
窓の外を眺めていたい。
雨なのに、空があかるい。
晴れているみたい。
もうカレンダーを5月にめくる準備をしているような気がして、
なんだか常に胸がどきどきする。
君とお風呂に入りたい。乳白色の湯船にちゃぷんとつかって
ぽっぽとのぼせる手前まで。
かつて母と湯船で蜜柑をむいて食べたときのように。
いただいたブーケ、
ミントが特にいついつまでもげんきで
アンテナをはるみたいにぴんと新芽もでた。
PRAY
他人事じゃないということ。心底おもう。この世の出来事は、
母なる大地を踏みしめている、わたしたち皆に関わっている。
雄大な、おんなじ大地に生きる、わたしたち。
常にだれかに、何か大きな手助けができなくとも、
ひとの気持ちを、ひとの痛みを
想うことで、考えることで
その思いや涙や感謝は、
じぶんの足で踏みしめるこの地に滲みこみ、
母なる大地を伝って、繋がる。
わたしたちは
繋がって、いきている。
災害に遭われている地域、
被害に遭われた方々のことをおもうと、いてもたってもいられない。
月日は日に日に経ち
過去、として話されるけれども、
過去にはならない出来事、過去にしてはいけない出来事、
すべての災害の被災者の方々、心からお見舞申し上げます。
どうかこの踏みしめる地が鎮まり、平穏無事な日々を愛でることができますように。
もっともっと生きることを研ぎ澄す。
自分にはなにができるのか考える。
きぼう
Iさんと久しぶりにお会いする。この方とはひょんなご縁で今に至る。
今日は、Iさんと私だけに限らず、
ご縁が数珠つなぎ、ともいえるような一日だった、とおもう。
今日全て、つながらずとも
いずれまた繋がっていくんだろう、と思わずにはいられないような一日。そうおもおう。
「夢と希望でおなかがいっぱい」と言ったという19歳の女性の話題がでて、
それに対して
「いいわね、若いからまだまだこれから、夢や希望がいっぱい!」そんなひびきが耳に残る。
ゆめときぼうでおなかがいっぱい…ゆめときぼうで…いっぱい…
話をききながら
その状態をうんと頭の中でかんがえてみたら
おなかがいっぱい、夢と希望で、それはわたしもそう、おなじ状態だとおもう、
だけど、おなかがいっぱいではない、わたしは、
おなかがすいてる、すいている、おなかが、はらぺこ、
夢と希望で、いっぱいで、だけどそれは
まだまだまだ夢と希望のままでしかなくって
はらぺこなんだ、
わたしの場合は、いっぱいなぶん、はらぺこだ!
そう頭の中で叫んでいた、居た!
人と会話をしていて、面と向かって会話をしていて、
その話題に君がでてこなくても、つながってしまうことがたくさんあるよ、君に。
だからずっと会っていなくても、想っている、ていつも言っていることも
わかるでしょう、
想いでも
おなかがいっぱい、いや、おなかがすいています。
満腹よりも、空きっ腹の方が余計に欲するじゃない、
そういう状態。
ちゃんと、欲がある、渇きがある、わたしには、